伝説的名演(リスト作品)

September 09, 2012

Legendary Performances Vol.7

ラザール・ベルマン 

ジャック・ライザーの功罪

鉄のカーテンで仕切られていたため、ロシアで活躍していたベルマンが西側へ知られるのは70年代になってからです。ベルマンの名前を世界に轟かせたのは1975年のニューヨークデビューによるものです。そのデビューを企画したのはインプレサリオ(音楽興行主)のジャック・ライザーという人物です。ライザーはベルマンによる1963年録音の超絶技巧練習曲に「衝撃を受けて」、ベルマンを招聘することを決めたそうです。そして当然ニューヨークデビューのプログラムも超絶技巧練習曲全曲でした。ベルマンはアメリカで一夜にしてセンセーションを巻き起こします。しかしライザーの売り出し方はあまりにもその卓越した技巧が強調されすぎて一部の批評家から反感を買ってしまい「技巧だけが取り柄のピアニスト」と言われてしまうこともあったそうです。僕はライザーのしたことが間違っていると言いたいわけではありません。演奏家も芸術家と言えど、聴衆がいてナンボのものでしょうから、知名度を上げるということも重要なことでしょう。しかしこの話は売り出し方に気を付けないと誤解を招く恐れがあるという教訓だと思います。
前置きが長くなりましたがベルマンの「アヴェ・マリア (シューベルト=リスト)」の演奏を聴いてみると、彼の本質が技巧だけではないとわかります。深々とした響き、大きな呼吸の演奏で、これぞロマン派の演奏と言いたくなりす。


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January 27, 2011

Legendary Performances Vol.6

ジョルジュ・シフラ

鍵盤上の指の疾駆

“シフラの手がはやすぎて、何をしてるかわからなかったよ!”とピアニストのタマーシュ・ヴァーシャリは嬉しそうに語っていました。ギャロップというのはもともと「馬の疾駆」を意味するらしいのですが、シフラの演奏する「半音階的大ギャロップ」は正に鍵盤上をシフラの指が駆け巡る痛快な演奏。これぞ男シフラのド根性ピアニズム!
リヒテルは宇宙と交信してるかのように音楽を広大に繰り広げた。ホロヴィッツは悪魔と契約を交わしていたかのように変幻自在のピアニズムを繰り広げた。しかしシフラには「宇宙との交信」も「悪魔との契約」もない。シフラにあるのは「強靭な指、肉体」と「ド根性」だ。これはチープで陳腐な見世物ではない。ピアノ演奏芸術という牙城に、その肉体一つで挑む熱き男の魂の闘争である。

この演奏は是非映像付きでご覧ください。


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November 27, 2010

Legendary Performances Vol.5

ディヌ・リパッティ



僕は好きなピアニストがたくさんいますが、「最も天才的だと思うピアニストを一人挙げろ」と言われれば、ディヌ・リパッティを挙げるかもしれません。しかしリパッティは僕にとって不思議なピアニストで、どんなピアニストかを聞かれても、なんと説明していいのかわかりません。演奏解釈はオーソドックスだし、テクニックも「普通にうまい」としか言えない。「特色は何?」と聞かれても「感動する」としか答えようがないのです。
録音で言えばバッハのパルティータ1番、シューマン、グリーグのコンチェルト、ショパンのソナタ3番など現在でも最高峰の演奏解釈だと思います。
そんな彼が弾くリストの「ペトラルカのソネット第104番」。僕は音楽を鑑賞していて感動して涙を流すことはほとんどありませんが、これを聴いていると涙腺がゆるくなってきます。彼の演奏が感動的なのはどうしてでしょうか?そんな理由を考える事自体が野暮なのかもしれません。


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November 11, 2010

Legendary Performances Vol.4

マルタ・アルゲリッチ

Electricity in the air

「その空間いっぱいに広まる緊張感」というリストの演奏への賛辞を読んだことがあります。言うまでもなく、19世紀を生きたフランツ・リストの演奏の録音は存在しません。リスト好きの人間にとって、フランツ・リスト本人がどのような演奏をしていたか、本を眺めながら思いに馳せるのは楽しいものです。そして、それぞれのリスト像があるかと思いますが、マルタ・アルゲリッチの演奏する「ピアノ・ソナタロ短調」は僕にとってリストの演奏はこのようなものだったのではないかというリスト像にピッタリとあてはまります。出だしの一音から尋常ならざる空気感がある。ピアノの音に電流が宿っているかのような緊張感がある。怒り狂う感情のうねりとほとばしる情熱、しかしながら全体のプロポーションは崩れていない。その瞬間ごとに聴くと、その都度おもむくままの感情を音楽にぶつけているように聴こえますが、全体をみると統一感がある。これは計算をしてやっているのか、天性に従った結果そうなったのかは僕にわかるはずはありません。天才ピアニスト、マルタ・アルゲリッチ、僕はこの演奏になにか恐ろしいものを感じました。これは超常現象のようなものです。

ちなみにカップリングとしてシューマンのソナタ第2番が収録されていますが、そちらも絶品です。


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October 04, 2010

Legendary Performances Vol.3

ウラディミール・ホロヴィッツ

ピアノの悪魔

リストに例えて、ホロヴィッツは「ピアノの魔術師」と呼ばれることがありますが、彼の演奏を聴いていると、もはや魔術師どころではないです。個人的には「ピアノの悪魔」という表現がふさわしいと思ってます。そしてその「悪魔」を最も感じる演奏は「死の舞踏(サン・サーンス=リスト=ホロヴィッツ)」です。僕はこの演奏がある限り悪魔の存在を信じます。原曲がサン・サーンスであることと、ホロヴィッツの編曲が加わっていることにより、リストの影が薄くなっていますが、そんなことはもうどうでもいいです。悪魔のミサ、狂乱の宴をピアノで描ききったホロヴィッツ、彼の精神状態は常人には理解できないのでしょう。こんなに変態的な演奏は他にありません。

他に注目すべき演奏として、スケルツォとマーチの録音がありますが、こちらもまた狂気に溢れた演奏です。その演奏はあたかもピアノが悲鳴を上げているようです。魔人ホロヴィッツの面目躍如と言えるでしょう。


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September 16, 2010

Legendary Performances Vol.2

エミール・ギレリス

エロイカ

スペイン狂詩曲」は僕にとって思い出の曲です。正直言うと、僕は以前アンチリストでした。「技巧ばかりがうるさい作曲家」としか思っていなかったのですが、この曲を聴いて衝撃を受け、「技巧を駆使すればこんなにも素晴らしい音楽ができるのか」と、技巧に対する考え方が一変しました。そしてアンチリストだった僕はその日からリスト好きになったのです。前置きが長くなりましたが、そのスペイン狂詩曲での特にお気に入りの演奏はギレリスによるものです。彼の演奏するロ短調ソナタが、どこかで「英雄的」という評価を受けていましたが、僕はこのスペイン狂詩曲の演奏にこそ、その言葉が合っているのではないかと思っています。解説によるとギレリスはこの曲で「師であるネイガウスを圧倒した」そうなのですが、なるほど、技巧の迫力もすごいものがあります。でも僕が一番好きな所は、前半の「速過ぎないテンポ設定」です。これによりこの曲のメランコリーや英雄的な部分が存分に発揮されています。この曲もたくさんの名演奏がありますが、一番聴きたくなるのはこの録音です。ギレリスのこの演奏により「一リストファン」としての今の僕がある、と言っても過言ではないです。


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September 03, 2010

Legendary Performances Vol.1

アルフレート・ブレンデル

泣き、嘆き、憂い、おののき

ピアニストのヴァレリー・アファナシェフはフランツ・リストのことを“最も美しい音楽と最も醜い音楽を書いた偉大な芸術家”と評しましたが、僕は「バッハの動機による変奏曲」を聴くと、いつもこの言葉を思い出します。美しさとグロテスクさがこれほど見事に融合された曲も珍しいと思います。この世界はまさに耽美的な世界なのです。R番号でお馴染みのペーター・ラーベはこの曲をロ短調ソナタと同等の高みに位置付けていますが、この曲を弾きこなせる人は現れないであろう、というようなことも書いてます。しかしそれはラーベの完全なる誤算です。この曲は多くの名演があります。さて録音ですが、マリア・ユージナの常軌を逸した、なにかとてつもないものを聴いているかのような名演もありますが、この曲への思い入れなら、ブレンデルも負けてはいない。実際、彼自身の著書でこの曲への言及がいくつかされています。そしてこの曲の録音は2回行ってます。余談ですが、変奏曲のみのリサイタルを開いた時もこの曲が含まれてました。ブレンデルの演奏は構造を重視しているような演奏で、非常に立体的な音楽で奥行きにも無限の広がりを感じます。オーソドックスながら、どこから聴いても完璧です。技巧という観点から言っても、最も充実していた時ではないかなと思ってます。僕は彼がこの録音を残してくれたことに心から感謝したいです。


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