アンドレイ・ガヴリーロフ
May 01, 2011
Great Pianists of The 20th Century Vol.31
20世紀の偉大なるピアニストたち 31
アンドレイ・ガヴリーロフ
Disc.1
1.-7. フランス組曲 第5番 BWV816 (バッハ)<93>
8.-11. 組曲 HWV447 (ヘンデル)<79>
12. 幻想曲 K.397 (モーツァルト)<88>
13.-25. 蝶々 Op.2 (シューマン)<87>
26. バラード 第2番 (ショパン)<91>
27. 楽興の時 第3番 Op.16/3 (ラフマニノフ)<84>
28. 楽興の時 第4番 Op.16/4 (ラフマニノフ)<84>
29. 楽興の時 第5番 Op.16/5 (ラフマニノフ)<84>
30. 楽興の時 第6番 Op.16/6 (ラフマニノフ)<84>
31. ノルウェー農民の行進曲 Op.54/2 (グリーグ)<93>
Disc.2
1.-3. ピアノ協奏曲 第1番 Op.10 (プロコフィエフ)<77>*
4.-13. 《ロメオとジュリエット》からの10の小品 Op.75 (プロコフィエフ)<92>
14.-15. ピアノソナタ 第4番 Op.30 (スクリャービン)<84>
16. 練習曲 Op.42/5 (スクリャービン)<84>
17.-30. 主題と変奏 Op.19/6 (チャイコフスキー)<77>
31. イスラメイ (バラキレフ)<77>
*サイモン・ラトル指揮/バーミンガム市交響楽団
音源: Deutsche Grammophon, EMI
Philips 456 787-2
〔メモ〕
ゴリデンヴェイゼルの弟子であるケストネルとゲンリヒ・ネイガウスの弟子であるレフ・ナウモフを師にもつガヴリーロフです。1974年のチャイコフスキーコンクールで優勝し世界的な注目を集めることになります。リヒテルのお気に入りピアニストとなり、彼と親交を深め多大な影響を受けました。しかし順調にみえたガヴリーロフのキャリアはソヴィエト当局により阻害されることになります。カラヤンとベルリンフィルとの共演が決まっていたのに、出国の許可が出なかったのです。本人曰く「カラヤンとベルリンフィルを一日中待ちぼうけさせてしまった。彼らは私がすでにベルリンにいて、どこかで迷ってしまったのだと思っていたようだ。実際は私はモスクワにいた。ベッドの上にいたんだ。この時のことは思い出したくない。」とのこと。このことが彼のキャリアに深い傷をつけます。そしてこの後5年間は出国できなくなりました。政府とのいざこざで彼が順調なキャリアを築けなかったのは残念です。しかし彼はまだ現役のピアニストなので、これからを期待したいです。
「人間の肉体の能力は制限されてて、その制限を解除するととんでもない力が出せる」という設定がマンガなどによくありますが、ガヴリーロフの演奏はその制限を解除したような演奏をします。スクリャービンやプロコフィエフなどはとんでもなくハイテンションで、「こんな演奏をしたら神経がおかしくなるんじゃないかな」とこちらが心配してしまうような演奏です。しかし彼は迫力だけでなく、美しい曲では美音を聴かせてくれます。
フランツ・リスト→パウル・パブスト→アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル→タチアナ・ケストネル→アンドレイ・ガヴリーロフ
フランツ・リスト→アレクサンドル・ジロティ→アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル→タチアナ・ケストネル→アンドレイ・ガヴリーロフ
フランツ・リスト→ハンス・フォン・ビューロー→カール・H・バルト→ゲンリヒ・ネイガウス→レフ・ナウモフ→アンドレイ・ガヴリーロフ
フランツ・リスト→カール・タウジヒ→アレクサンドル・ミハウォフスキ→ゲンリヒ・ネイガウス→レフ・ナウモフ→アンドレイ・ガヴリーロフ
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アンドレイ・ガヴリーロフ
Disc.1
1.-7. フランス組曲 第5番 BWV816 (バッハ)<93>
8.-11. 組曲 HWV447 (ヘンデル)<79>
12. 幻想曲 K.397 (モーツァルト)<88>
13.-25. 蝶々 Op.2 (シューマン)<87>
26. バラード 第2番 (ショパン)<91>
27. 楽興の時 第3番 Op.16/3 (ラフマニノフ)<84>
28. 楽興の時 第4番 Op.16/4 (ラフマニノフ)<84>
29. 楽興の時 第5番 Op.16/5 (ラフマニノフ)<84>
30. 楽興の時 第6番 Op.16/6 (ラフマニノフ)<84>
31. ノルウェー農民の行進曲 Op.54/2 (グリーグ)<93>
Disc.2
1.-3. ピアノ協奏曲 第1番 Op.10 (プロコフィエフ)<77>*
4.-13. 《ロメオとジュリエット》からの10の小品 Op.75 (プロコフィエフ)<92>
14.-15. ピアノソナタ 第4番 Op.30 (スクリャービン)<84>
16. 練習曲 Op.42/5 (スクリャービン)<84>
17.-30. 主題と変奏 Op.19/6 (チャイコフスキー)<77>
31. イスラメイ (バラキレフ)<77>
*サイモン・ラトル指揮/バーミンガム市交響楽団
音源: Deutsche Grammophon, EMI
Philips 456 787-2
〔メモ〕
ゴリデンヴェイゼルの弟子であるケストネルとゲンリヒ・ネイガウスの弟子であるレフ・ナウモフを師にもつガヴリーロフです。1974年のチャイコフスキーコンクールで優勝し世界的な注目を集めることになります。リヒテルのお気に入りピアニストとなり、彼と親交を深め多大な影響を受けました。しかし順調にみえたガヴリーロフのキャリアはソヴィエト当局により阻害されることになります。カラヤンとベルリンフィルとの共演が決まっていたのに、出国の許可が出なかったのです。本人曰く「カラヤンとベルリンフィルを一日中待ちぼうけさせてしまった。彼らは私がすでにベルリンにいて、どこかで迷ってしまったのだと思っていたようだ。実際は私はモスクワにいた。ベッドの上にいたんだ。この時のことは思い出したくない。」とのこと。このことが彼のキャリアに深い傷をつけます。そしてこの後5年間は出国できなくなりました。政府とのいざこざで彼が順調なキャリアを築けなかったのは残念です。しかし彼はまだ現役のピアニストなので、これからを期待したいです。
「人間の肉体の能力は制限されてて、その制限を解除するととんでもない力が出せる」という設定がマンガなどによくありますが、ガヴリーロフの演奏はその制限を解除したような演奏をします。スクリャービンやプロコフィエフなどはとんでもなくハイテンションで、「こんな演奏をしたら神経がおかしくなるんじゃないかな」とこちらが心配してしまうような演奏です。しかし彼は迫力だけでなく、美しい曲では美音を聴かせてくれます。
フランツ・リスト→パウル・パブスト→アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル→タチアナ・ケストネル→アンドレイ・ガヴリーロフ
フランツ・リスト→アレクサンドル・ジロティ→アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル→タチアナ・ケストネル→アンドレイ・ガヴリーロフ
フランツ・リスト→ハンス・フォン・ビューロー→カール・H・バルト→ゲンリヒ・ネイガウス→レフ・ナウモフ→アンドレイ・ガヴリーロフ
フランツ・リスト→カール・タウジヒ→アレクサンドル・ミハウォフスキ→ゲンリヒ・ネイガウス→レフ・ナウモフ→アンドレイ・ガヴリーロフ
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